犠牲を受け入れると、現実が変わる

物語構造

聖書神話の中に、イサクの犠牲という物語があります。

アブラハムは神から「息子イサクを山の上で焼いて神に捧げよ」という命令を受け取ります。アブラハムはやむをえず、息子をささげるために山上にいき、悲痛な思いと共に息子を殺して神に捧げようとしたその時、天使がやってきてアブラハムを止めます。そして「息子ではなく羊をささげよ」との神の言葉を伝えて代わりの捧げ物を用意し、彼を祝福して、子孫の繁栄を約束しました。(旧約聖書 創世記より要約)

 

いろいろ考えさせられる逸話ですが、一言で言うと

「犠牲を払うことを受け入れると、現実が変わる」

というストーリーとして解釈することができます。

 

この物語パターンを、ものすごく日常的なシーンに適用すると、飲食店で男性とデートをした女性が、自分の分を払うつもりで財布をだすと、予想に反しておごってもらえるようなものです。

死を覚悟で行動していたら、結局、最後まで死なずにすんだ。
嫌われることや非難されることを覚悟して自分を出していったら、アンチもできたけどそれ以上にファンになってくれる人が増えた。
相手を傷つけることを恐れることなく、言うべきことを言うようにしたら、逆にいい関係が育っていった。
倒産を覚悟したら倒産ではなぐ業績の回復が待っていた。

みたいなパターンとなります。

もう少し小さく考えると、「必要だと思う情報に投資してみた」「必要だと思うことを人に頼んでみた(お金を払って)」という小さな犠牲を受け入れることで、物事が大きく動くケースというのも考えられます。ホームページ作りなどだと、「無料でやる」という制約にこだわっていた人が、その制約を外すと急に目の前がひらけるようなものです。

 

 

(絵画・写真について:Laurent de La Hyre (1606–1656)  Abraham Sacrificing Isaac)

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nakajima oumi

nakajima oumi

シンボルと寓話の研究家。作家 「キレイはキタナイ、キタナイはキレイ」

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