ガンバル真理教とあきらめサトリ教を卒業しよう

優雅に幸せに

ガンバル真理教というのは私の造語ですが、

「頑張れば全て上手くいく」

的な宗教的信条のことです。

いわゆるブラック企業においてよく観察されますが、たまにならホワイト企業でも観察されることがあります。

個人の信条ならいい方向に働くこともあります。スポーツ選手で成果をだしている人がいい例です。ただ、集団の理念としては最悪な方向へ働きやすいのがガンバル真理教です。

だいたい、頑張れば必ず成果がでるなら、教育なんて世界で一番楽な仕事になるはずです。

ただ単に「ガンバレ」と尻をたたくだけならサルでもできます。実際は本気で頑張っても成果が出ない人がたくさんいるわけです。だから、教育者とかコーチみたいな「教える仕事」がプロの仕事として存在するわけです。


あきらめサトリ教というのも思いつきで作った造語ですが

「嫌な事は我慢してあきらめれば幸せになれる」

という、宗教的信条のことです。これは個人の信条としも集団の信条としても最悪です。

不遇な環境で生きていても

「(我慢しつつ)けっ、今に見てろよ! 」

と淡々と過ごしているならいいですが、完全に物事を諦めてしまっては生きている意味がありません。家畜小屋の豚と同じで、誰かの食欲を満たすためだけに人生を過ごしているようなものです。

 

「嫌なものは嫌だ!」

と多くの人達が思い続けたからこそ、例えば奴隷制度のような極悪な社会システムが段々と人間社会から消えていったのです。

「仕方がないよ。昔からの法律だから。」

みたいな諦めきったことを言っていたら、今でも奴隷貿易が堂々と行われる世の中になっていたことでしょう。

「クソなものはクソだ!」

という想いにウソをつくのは百害あって一利なしなのです。具体的に何をしていいか分からなくても、「嫌な物は嫌」と自分に素直になることから始めるのが大事なのです。

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nakajima oumi

nakajima oumi

シンボルと寓話の研究家。作家 「キレイはキタナイ、キタナイはキレイ」

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