貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)は、19世紀生まれの国文学者・民俗学者の折口信夫(おりくちしのぶ)が論じた概念です。「高貴な生まれの主人公が→低い身分に落ち→さまよい苦しむ→復活する」タイプの物語を想定しています。貴種漂流譚ともいいます。「喪失と回復」と同系統の概念です。
フレームワークとして
要するに
1.高貴な生まれの主人公がいる
2.低い身分に落ちる
3.さまよい苦しむ
4.高貴な地位に復活する
というものです。さまよえるお姫様、流浪する神、的なタイプの物語をさしてよく使われます。キモになるのは「(貴いものの)喪失と回復」という一連の流れが含まれる所です。
例1 鉢かづき姫
御伽草子の鉢かづき姫(はちをかぶったお姫様)の話は、この構造に分かりやすく当てはまります。
1.高貴な生まれの主人公がいる
観音様に祈願したら長者(富豪)のもとに美しい娘が生まれます。
ところで、母親が死ぬ直前に観音様のおつげで娘の頭に鉢をかぶせたら
とれなくなってしまいます。
2.低い身分に落ちる
実の母親の死後、姫は意地悪な継母(ままはは)にいじめられて
実家を追い出されます。
3.さまよい苦しむ
姫は悲しみのあまり入水自殺をはかるのですが、鉢のおかげで水に浮いてしまい死ねません。
通りがかった三位中将というお公家さんに拾われ、下女として働くことになります。
4.復活する
そこで中将の四男の御曹司に求婚され、鉢が割れて美しい姿の姫が復活します。さらに
鉢の中からは金銀財宝もざっくざっく。その後、お姫様として幸せに暮らします。
例2 桜姫
歌舞伎の桜姫吾妻文章(さくらひめあづまぶんしょう)もこの発想が綺麗にあてはまるものの一つです。
1.高貴な生まれの主人公がいる
武家の名家のお姫様の桜姫が、忍び込んできた泥棒に犯されて恋をしてしまいます。
2.低い身分に落ちる
僧侶との前世の業が原因の恋愛トラブルによって、姫様から罪人に身を落としてしまいます。
実家も泥棒に家宝をとられたことが原因で没落してしまいます。
3.さまよい苦しむ
すったもんだの末、女郎(娼婦)に身を落として泥棒と夫婦になります。
「お嬢様×娼婦」というギャップのあるキャラで人気のある女郎になりますが、
自分の愛した泥棒が自分の家族を殺害したカタキとわかります。そして、泣いて
愛する泥棒を殺してカタキ討ちを実行し、実家の家宝も取り返します。
4.復活する
姫の仇討ちの手柄が認められて実家が再興。無事にお姫様生活に戻ります。
まとめ
あらためてまとめると、
1.高貴な生まれの主人公がいる
2.庶民や貧民や奴隷などに落ちる
3.さまよい苦しむ
4.高貴な地位に復活する
ということです。
かぐや姫も、「月の世界(天上界)のお姫様が→地上世界という下々の者達の世界に転落し→悲恋の体験を経て→また天上界へ戻る」という枠組みがありますので、このタイプに分類することができます。
ハリウッド映画だと、例えばロードオブザリングの「王の帰還」はアラゴルン目線でみると、「流浪の民だった王族が、様々な冒険の後に王位に復活する」という話なので貴種流離譚(きしゅりゅうりたん) の構造を持った物語と考えることが出来ます。ファンタジー小説だと「ゲド戦記」も主人公の没落と復活を描いているところでは近いです。アニメの「暁のヨナ」なども「何不自由なく暮らしていたお姫様→没落→冒険」というわりと近い構造を持った話になると思います。
高貴な人の没落と復活という意味で、源氏物語の須磨明石のところもよく例としてあげられます。
参考
貴種流離譚の枠組ですが、3で終わらせて「高貴な産まれの人が流浪のうちに死ぬ」という悲劇で終わらせる結末にしていまえば、義経の物語もヤマトタケルの物語(古事記のほう)もこれに入ります。