前置き
古代エジプト神話は「混沌としている」という特徴があります。
・話に統一性があまりない(中央政権が神話の統一にはあまり興味がなかったと思われる)
・多様な伝承の寄せ集め状態のため、矛盾する色んな伝承がそのまま存在する
・色んな神々が合体したり習合したりする
というのが古代エジプト神話の特徴です。八百万の神と仏がいる、日本の神仏の伝承の世界に負けず劣らずのカオスぶりです。
また、トートタロット作者のクロウリーも別に古代エジプト研究者ではありませんので、わりと自由な解釈で配当していると思われます。
この記事では、トートタロットの中に登場するエジプト神話要素について紹介してコメントをいれていきます。なお、エジプト語のカタカナ表記は統一していません。
トートタロットに登場するエジプト神話の神々
20.アイオーン
・天空の女神ヌト(上部の逆立ちしてる女神)
・太陽神ホルス(中央の玉座)
・ハルポクラテス=ギリシャ化した子供のホルス(中央で指を口に当てている子供)
※トートの書でのホルスは新時代(ニューエイジー)の象徴。クロウリーは、「現代は、オシリスの時代からホルスの時代に変った」という世界観を持っています。うお座の時代からみずがめ座の時代へ、みたいなのと似た話です。「2000年ほどつづいたキリスト教の時代は終わり、新しい精神性の世界がはじまる」的な世界観と近いものと思われます。
19.月
・墓の神、死の神、ミイラの神 アヌビス(犬の頭の2人いる人たち)
・スカラベ(太陽神の象徴)
太陽の象徴であるスカラベが水の中に描かれ、死の神のアヌビスが上部に描かれます。エジプト神話にラー(太陽神)が船にのって、昼の世界と夜の世界(死の世界)を航行するというものがありますが、水中のスカラベは太陽神の船の神話を連想させます。
18.星
・この女性は天空神ヌトとされます(トートの書による)
16.塔
・ホルスの眼(トートの書の文脈では、破壊の象徴)
※エジプト神話でのホルスの眼は、ストレートにネガティブイメージにはなりません。
・セトと戦った時に傷き、トトによって癒された眼 (傷つき癒される→月の満ち欠け な説あり)
・単純に月や太陽の象徴 (天空神の、左目は月、右目は太陽)
などがよくあるところです。有名なウジャトの眼のシンボルそのものは一般に「守護」の属性を持ちます。
余談ですが、古事記神話でもアマテラス(太陽神)とツクヨミ(月神)はイザナギの眼から生まれます。(左目はアマテラス、右目がツクヨミで、エジプトとは逆)
※エジプト神話での破壊神的な眼の話は下記です
ホルスとよく習合するラーが、人間が自分をあがめなくなったことに怒って片目を地上に投げた。ラーの眼は破壊と殺戮と疫病の女神セクメトとなって地上を滅ぼしつくそうとした。あまりの殺戮ぶりにラーがあわててセクメトの殺戮をやめさせた。
15.悪魔
・山羊さんの後ろの樹の幹の上のほうにある輪。これは、トートの書によると天空の女神ヌトを象徴する表現とのことです。
14.調整
・「彼女は女神マアトである。」という記載がトートの書にあります。
一般にマアト女神は頭にダチョウの羽根をつけた女性として描かれます。が、トートタロットの絵の女性の頭の飾りは羽根の形状に見えにくい絵になっています。画家が羽根を象徴化して描こうとした結果なのか、最初からその設定に関しては無視して描くつもりだったのかは、謎です。
※関連するであろうエジプト神話
死者がオシリスの審判を受ける時に、天秤で心臓(死者の生前の行いを象徴)を計られます。心臓がマアトの羽根(真実の象徴)と釣り合えば楽園に行けますが、つり合いがとれなければ「永遠の死」が待っています。
5.神官
・ワンドの3つの輪はイシス、オシリス、ホルス、を象徴するという趣旨の記載がトートの書にあります。
この3つの輪は、トートの書ではそれぞれの輪を別の色に塗るような色指定がされていますが、カードの絵には反映されていません。これも、画家が元の設定をスルーしたのか、原稿を書いた時点から変更が行われたのか、などと思われます。
イラスト的には杖の三つの輪を別色に塗ると絵としておかしくなる予想はしやすいので、画家がNG出した説を個人的に推しておきます。
2.女司祭
「このカードは永遠の処女イシスの最も精神的な姿をあらわす。イシスはギリシャ神話のアルテミスに相当する。」(トートの書)
弓が分かりやすく描かれているせいか狩猟神アルテミスのイメージが強く見える絵ですが、この絵の女性はイシス神の精神性の表現ということになっています。
エジプトの壁画におけるイシス女神は「玉座」を頭にのせた姿でよく描かれます。羽根を広げた姿の絵もわりと有名でしょうか。なお、トートタロットの女司祭の女性の絵の頭上にある物体は、牛の角と太陽の冠を乗せているように見えます。これはこれでありますが、牛のツノと太陽だけに注目するとハトホル(エジプト神話の豊穣神でエロスな神話もある女神)などにも見えます。
イシスの神話は、嵐の神セトによってバラバラ死体になってしまった夫オシリスの死体を集めて魔術で復活させる話が有名。また子供のホルスは魔術によって身ごもったという話があります。(処女懐胎)
トートの書でクロウリーはイシスのもつ多様な伝承の中で「処女」という要素に注目しており、イシスのギリシャ神話での対応神を純潔の女神アルテミスとしているので、このカードでは聖処女マリア的なイメージを表現したかったのだと思います。
1.愚者
この鰐はエジプトの鰐のようで、エジプトの鰐の神セベクの記載がトートの書に見えます。また、トートの書の愚者のパートでは、タロットのエジプト起源説について言及されています。
※鰐の神が存在するので、鰐のミイラも存在しました。コム・オンボ神殿では300体の鰐のミイラが発見されています。
雑感
トートタロットの作者は、天空神ヌト(ヌートあるいはヌイトあるいはヌウトとも)が大好きだったのかしら、というのがあらためてさらっと調べてみた結論です。イシス神よりもヌト神が推しだったと思われます。
ヌト神の伝説は七夕伝説に少し似たところがあり、夫の地の神とずっとくっついて抱き合ったままでいたら、父神がやってきて引き離された、という流れになっています。七夕の織姫と彦星は、年に1度だけ会えるようになりましたが、ゲブとヌトは後にトト神(智恵の神)の計らいで、年に5日だけ会えるようになったそうです。