幸せの前に常に試練があるわけ
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全ての不幸は自己責任なんですか?

これは何でもかんでも「因果律」で処理しようとするからおきる疑問です。因果律というのは

原因→結果

という

A→B

というものの見方です。全ての物事には原因があるという考え方です。もちろんこれはそういう物の見方もあるよという、一つの世界観にすぎません。

物事の原因について厳密な分析をすると

(A1,A2,A3,A4,・・・・・An) だから B

という風に無数の小さな原因がたくさんあった上で現状がある
ということになるでしょう。

例えば「声が綺麗な人」がいたとして、その原因を分析すると

遺伝的なもの
育った生活環境
体力などの身体能力
身体の使い方
声の出し方
呼吸の仕方
歯並び
骨格
筋肉
セルフイメージ(心理的な自己イメージ)
自己肯定感
心理的な安定度
声を使う仕事か?
話し方や歌などを学んだことがあるか?

その他いろいろな要素が組み合わさった上で「声が綺麗」という現象がおきているわけです。ただ、こんな細かい分析は日常生活ではやってられませんので、

例えば宗教などでは

前世で功徳をつんだ → 現世では容姿や声などに恵まれている→前世の功績だからそこに頼らず精進せいよ

などと話を単純化するわけです。

ほかの例でいくと

貧乏な家に生まれる→前世の罪の結果
金持ちの家に生まれる→前世の功の結果

という考え方になるわけですが、これには続きがあって

前世の失敗で今回の人生はスタートラインが悪い→今回の人生で精進することで次の人生ではもっといいスタートにたてる→だから(もう年だからといって)やけを起こすな

前世の成功で今回の人生はスタートラインが良い→前世の自分の手柄だからそれを実力と思うことなく精進するとよい→なので慢心するな

という話なわけです。

「前世の罪→現世での不幸 だから不幸は自己責任」みたいな話は、

「過去の結果は何であれ素直に受け止めるしかない→今から変化を起こしていこう」

という結論へもっていくための世界観なわけです。
それを「不幸=自己責任?」というところだけに注目して取り出してくるから、おかしな議論になるのです。

お寿司のわさびだけを取り出して別で食べて味を云々するようなものです。全ての不幸が自己責任ではありません。とりあえず人のせいにしてもいいのです。

所長
所長
ストーリー(神話)・ストラクチャ(構造)・スピリチュアル(精神世界)、3つのSな視点から物事の起源を見るインスピレーションを鍛えるサイトです。所長のキャラは、愛のあるドSです。モットーは「遊びをせむとや生まれけむ、戯れせむとや生まれけむ。」
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