レイキ講座を辞めたわけ

エッセイ

私は健康法的なものと日本の伝統的なものが、好きなのでレイキという講習ビジネスに興味をもったことがあります。

レイキというのは

【伝授儀式を受けることでヒーリングができるようになる。ヒーリングができるようになると、健康になったり潜在能力が開いたりする】

的な特長の精神世界的な講習です。運営している先生によって言う事はかなり違いますが、大きく共通点をまとめることこんな感じです。 
もともと大正期の日本人治療家が開発したメソッドで最初は治療家を育てる的な意味合いがあったらしいです。ただ、一般に普及しているものはどちらかというと健康法的な中身に特化した内容が多いようです。なのでレイキを看板にして治療院を開いているという話を聞いたことがありません。

メリット的には気功やふつうの鍼灸とかと違って、「初期に長期間のお勉強がいらない」というのがあります。

 

ちょっと面白そうだったので講座をやる資格みたいなものもとってみました。
ところで、全くもってやる気のない講座運営者だなあと思ったのがレイキの話をするとたいてい以下の流れになりがちだったことです。

「レイキを受講するとどうなるんですか?」
「ヒーリングができる健康美人(健康的)になります」

「ヒーリングや気功とかって本当は誰でもできるんですか?」
「誰でも生まれながらに出来ます。使わないから能力が退化しているだけです。」

「もしかして、講習受けなくても誰でもできるんですか?」
「もちろんです!」

「ありがとうございました!」

F&Qや問い合わせの段階で講座の一番の売り物である【人間は誰でもヒーリング的な能力をもっているという確信】を渡し終わってしまう、という間の抜けた事例が続出したので「明らかにこの種の講座の販売に向いてない」と思って閉めたわけです。

あとはFC的なしばりがほんの少しあったのが面倒だった面もあります。といって、0からシステムを創るのも面倒だったので撤退していったという話です。

 


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もっとも今もしやるとしたら、【講習受けなくてもできるけど、講習にきて練習したほうが早いと思うよ】くらいのことは言うと思います。

 

全てのノウハウというのは今の時代、世界のどこかではあっさり公開されています。秘伝の巻物にたいした内容は書かれていません。

ただ、【自分にあったノウハウの使い方を整理して教えてくれる】という意味では講座というのはやはり貴重で便利な存在です。

たとえば健康のために健康体操をやろうと考えたとします。

確かにモトネタは書籍でもネットでもYouTubeでも、山のように公開されています。1000でも2000でも体操のネタを集めることは時間さえかければ可能です。

ただ、その中から、自分にあった10の体操を選ぶというのはすごく大変です。

選ぶ作業というのはその分野についての深い知識やノウハウが必要ですので、10個選ぶ場合でも1000個くらいのことを理解している必要があります。つまりマニアや専門家の域に達していないと正しいセレクションはできないということです。

普段着の洋服ひとつ選ぶのもスタイリストや優れたショップ店員さんのようなファッションに深い興味を持って勉強している人が選ぶのと、服に興味がない人が自分で選ぶのとでは大きな印象の差がでてしまうものです。

何でもそれと同じことはおきているわけです。

なので、先生が整理してくれたフィルターを通して学ぶという点で、講座というのは通学であれ通信であれ、高い価値があるわけです。冒頭のレイキも、図形を使ったヒーリングが入っているのですが、世の中に神秘的な印象を与えられる図形なんて無限にあるわけです。

十字架でも星でも山のようにデザインパターンがあるわけです。愛とか感謝みたいなプラスの感情イメージをひもづけしやすい言葉だって山のようにあるわけです。
その中から、数個を選んでレイキ用シンボルを創ったレイキ講習を創った人は「ご苦労されたんだろうなあ~、えらいなあ」と思うわけです。

nakajima oumi

nakajima oumi

シンボルと精神世界の研究家。 「キレイはキタナイ、キタナイはキレイ」。日本文化と欧米文化は異なるからこそ面白い。

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