「人間の未来が確定していたこと」などいまだかつてあったのでしょうか?
天空を運行する月の軌道は、計算によって予測することが
可能になりました。
私達は、何月何日が満月で何月何日が新月。1月1日は何時に日の出になる、といったことを予測することが可能になっています。しかし、桜の開花時期を正確に予測することは全くできません。1月1日に雨がふっているか晴れているかというのはかなり直前にならないと分かりません。
大まかなことはある程度は法則を使って予測できる。しかし、細かいことはだいたいしか予測はできない。というのが人間の現状です。「春になったら桜がさくよ」くらいの予測はできても「来年の桜の開花時期は3/25-4/3 ピークは4/1 」という予測はできないわけです。
さて、物理世界の話から人間心理の話に戻します。
個人の人生やビジネスの展開も、大まかなストーリーラインは予測できても、あくまで「だいたいこの方向にいくだろう」くらいの予測以上のことはできません。
実際には、想定外のことが起きるものだからです。たまに予想外に成功してしまうと「次の計画がたてられない」ということが起きたりもします。
ただ、予測可能であろうとなかろうと、「こういう未来でありたい」というビジョンは、多くの人の心の中に潜在的に存在しています。そして、「未来のビジョン」というのは常に「現在の行動や発想」に影響を与えているのです。
簡単に言えば、将来野球選手になると決めている少年は、毎日素振りをしたくなるということです。金持ちになると決めている人は、日々の生活の中でビジネスに使える気付きを拾ってしまうということです。ダンサーであり続けると決めている人は、日々「トレーニングをしたい欲求」と向き合うことになるということです。
これは、ビジネスや職業としているかどうかはあまり関係ありません。どのジャンルであれ同じことです。
美食家というセルフイメージがある人は、美味しいお店の探険や料理の研究ということをしたい欲求から逃れることはできません。
アニメオタクというセルフイメージがある人は、「生活費は最低限でよい。スーツは取引先からなめられない程度でよい。自分の稼ぎは全てアニメのDVDにぶち込む!」というタイプの欲求をもってしまうものです。
この「見えざる未来」というのは、雲の向こうにある月のようなものです。
目には見えても見えなくても、月は常に存在しています。そして、見えようと見えまいと、月の重力が常に地球の自然に影響を与えているのと似たようなものです。